のび太のパラレル西遊記 『のび太のパラレル西遊記』(1988)

 
  学芸会で『西遊記』の劇をやることになった。「本物の孫悟空が僕とそっくりだったら、悟空役は僕にやらせて!」と、友達と約束したのび太は一人タイムマシンで七世紀の中国へと向かう。そして、なんと本当に自分そっくりの悟空が雲に乗って飛んでゆくのを目撃した。 信用しないジャイアンとスネ夫は、「いなかったらドラえもんの道具使い放題」という賭けを申し出る。しかし、タイムマシンの限界で全く同じ時間には着くことができなかった。ドラえもんは未来のゲーム機ヒーローマシンのソフト『西遊記』で、のび太に悟空の変装をさせるがばれてしまう。戻った五人だが、なんと現代は妖怪の世界と化していた。『西遊記』の敵キャラクターがゲームから抜け出し、世界を征服していたのだ。過去に戻って妖怪を退治するしか歴史を戻す方法はない。行けのび太、いや、斉天大聖・孫悟空! 

  
  今回からタイムマシンに、音声制御装置が付きました。この装置もバギーやミクロスと同じ声です。この声は以降もタイムマシンにずっとついているんですが、なぜか『パラレル西遊記』に限り、到着時間が不正確になるんですね。プラスマイナス24時間のずれは、普段ののび太達の使用法からは考えられません(*1)。たぶんこれは不良品で、あとで取り替えてもらったんでしょう。タイムマシンさえ正確に動いてくれれば、悟空はいなかったで話は決着し、歴史が危機に見舞われることもなかったのですが。 
  ヒーローマシンの『西遊記』に出てきた金角・銀角の腹にはカタカナで「キ」「ギ」と書かれています。また「羅刹女」は、絵本などでも常にこう書かれていますが、実は牛魔王の妻の名前ではありません。本当は鉄扇公主といいます。羅刹という種類の化け物はありますが、鉄扇公主が実際に羅刹のメスだという保証もありません。日本でいう「鬼婆」のような使われ方で、恐ろしい女を意味する言葉なんですね。また、ヒーローマシンはキャラクターの自動振り分けでしずかに三蔵役をやらせていますが、三蔵法師を女性っぽい人物にする(モノによっては本当に女性という設定にしてしまう)のは日本でアレンジされた西遊記によくあるイメージです。ヒーローマシンの西遊記は日本風に、それもかなり子供向けにアレンジされた『西遊記』と言うことができるでしょう。 こういう西遊記のキャラクターが、昔の中国で現実化し、世界を征服してしまったのです。
  妖怪の歴史では、人間は悪と見なされています。妖怪の方の出木杉君は「どんなお話だって、最後には悪い人間が滅びるんだよ。でなければ、僕たち妖怪はこの世に存在しなくなってしまう……」と言っています。妖怪はかつて邪悪な種族「人間」と滅ぼすか滅ぼされるかの戦いを繰り広げ、ついに妖怪が悪い人間族を滅ぼした、というのが妖怪世界における常識的な歴史認識のようです。人間が悪いと言うのはまあよくある、侵略者による歴史の美化で、昔の西部劇でネイティヴ・アメリカンが邪悪に描かれているのと同じことですね。ちなみに、妖怪が人間を食べるシーンは現代でもタブーではないようです。 
  それほど悪く見られている人間ですが、おかしなことに妖怪たちは普段は人間の姿をとっています。怒ったりすると角が生えたり、獣人になったりするようです。人間がいない世界において、人間に化けることに何の意味があるのでしょう? 
  実は何かの目的でわざわざ化けているわけではなくて、現代の妖怪は普通は人間の姿をしているんですね。1000年以上の歴史のなかで、人間と妖怪の混血が進んだ結果でしょう。おそらく純血種の妖怪は残っていないと思われます。純血の人間もいないでしょう。妖怪が人間を食べるのがタブーでないのは、あくまで歴史やフィクションの中です。 
  20世紀にもなると、時空間の運命論的な作用によって人間と妖怪の文明は殆ど同じですが、それまでの過程がまだ影響を残しています。こちらの歴史では、ヨーロッパが世界を侵略して科学文明を地球全土に伝えていますが、妖怪の歴史では中国が覇者となりました。それにしては普通の西洋っぽいビルなんかがあるじゃないかと思われるでしょうが、近代的な建築技術の産物ですから、歴史の配剤しだいで中国人が同じものを発明していても不思議はありません。カエルとヘビの唐揚げだのトカゲのスープだのも、妖怪の食物っぽいですが、単なる中華料理なのかもしれません。 
  ちなみに、この妖怪版20世紀に牛魔王がまだ生きている可能性大です。最後の方で牛魔王がヒーローマシンを踏み潰してしまうんですが、この段階で妖怪達の妖力には影響はありません。妖力を維持する信号なりエネルギーなりは、ヒーローマシンではなく牛魔王から出ているんです。妖怪ですから1000年や2000年生きても不思議ではありません。そもそも原作では、三蔵を食べると不老長生になるはずであり、三蔵が牛魔王(たち)に食われたのは歴史的事実なわけです。
  ただし、ゲーム中のアイテムの機能は別らしく、牛魔王の死後、火焔山の炎を芭蕉扇で消しています。
  
 
(*1 宿題を頼まれたドラえもんが2時間後と4時間後と6時間後と8時間後の自分に手伝いを求める「ドラえもんだらけ」、予定を忘れないように未来の自分に知らせに行く「タイムマシンで計画を」、一日に何度も災難に遭うのび太が過去の自分を助けに戻る「正義のみかたセルフ仮面」などのエピソードで分かるように、ふだんのタイムマシンの到着時刻は分単位で正確である。)

 
 

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