のび太の宇宙小戦争 『のび太の宇宙小戦争』(1985)
 
  スネ夫・ジャイアン・出木杉君のチームに対抗して、ミニチュアで特撮映画を撮っていたのび太・ドラえもん・しずかの3人。「ロボッター」を取り付けていたしずかの兎のぬいぐるみを紛失してしまう。探し回るが、玩具サイズの正体不明のロケットを見つけただけだった。兎はのび太の家で見つかり、そしてロケットに乗っていた小型の宇宙人パピ(声・藩恵子)にも出会う。彼はピリカ星の大統領であり、反乱軍ピシアの手を逃れてきたのだった。五人は彼を守ると約束し、スモールライトで小さくなり改造ラジコン戦車で出撃する。だが隙を突かれてしずかを人質に取られた上、スモールライトも奪われてしまう。独断でパピは自分の身柄と引き換えにしずかを解放させ、ピリカ星に連れ去られた。スモールライトを取り戻すため、そして小さな友達を救うため、五人はパピの愛犬ロコロコの案内でピリカ星へと向かった。  

 
  ピリカの科学力の話から始めましょう。 
  恒星間飛行が(もちろん)可能で、ワープ航法が実用化されています。武器は主に熱線。球形の探査ボールがプロペラも噴射口もなく、揚力で飛べる形でもありませんから、20世紀の地球には無い何らかの飛行技術(反重力など)が存在することは確実です。宇宙船内には重力があり、地球と同じような生活が可能です。……と、22世紀の地球には及びませんが、20世紀よりはかなり進んだ科学力を持っています。ちなみにカラオケもあります。 
  確認される最強のメカはクジラ型母艦ですが、このクジラ、ジャイアンがなんと自分の上着だけを武器にしてやっつけます。ジャイアンがいくら強いといっても、スネ夫やのび太と比べての話であって、相手が中学生以上だと弱いところを見せています。つまりピシアの母艦は地球の小学生程度の力しかないことになります。これ一隻で地球に来て「手向かう地球人は皆殺しだ!」(ドラコルル)ですから、自信過剰もはなはだしい。喩えるなら、今の地球の軍隊がウルトラの星に攻め込むようなものです。 
  また、この母艦以外の熱線は、出力不足で地球人にはほとんど効きません。当たっても少し痛い程度です。これは、ピリカ星の兵器が戦争用――つまり同族と戦うことを目的として作られているからです。宇宙怪獣だの巨大ロボットだのとの戦いは想定されていません。ピリカ星人が乗る程度の機械をやっつける出力があれば良かったのです。行動不能にするには、ごく一部を破壊すれば充分です。特に航空機においては、ある程度の損傷が墜落→完全な破壊を意味します。かえって母艦の方が何故あんなに大出力なのか気になるところです。単なる独裁者のわがままで、最強メカをつくってみたかっただけだったのかもしれません。 
  しかし核兵器があればオリジナルサイズの地球人4人+ロボット一体にも勝てたでしょう。毒ガスを使っても、ドラえもん以外は倒せた可能性が強いと思います。実はギルモアは使う気だったのではないでしょうか。もしレジスタンスに阻まれずに空港にたどり着き、あの都市から脱出できていたら、ギルモアは平気で市民ごと大量殺戮兵器を使ったとしても不思議はありません。ちなみに、ギルモアがどのようにして反乱を成功させ、ピリカ星の独裁者になりおおせたのかは描かれておらず、不明です。彼自身、自分に人気が無いことを知っていますし、ドラコルルも心から彼に忠誠を尽くしているわけではないようです。たぶん地球人の介入が無くても、彼の政権は遠からず倒れたのではないでしょうか。もっともその場合にはピシア側・レジスタンス側ともに、はるかに多くの犠牲者を出したでしょうが……。 
  ところで、『宇宙小戦争』全編を見て、ひとつ奇妙な点があります。 
  女性がいないんです。 
  つまり、我々の文化から見て女性らしき格好をしたピリカ星人が一人も登場していない、ということです。エキストラも含めて。これは『ドラえもん』では非常に珍しいことです。宇宙人には人類と似ている種族が非常に多く、性規範も20世紀の地球と似通っているものが多数です。コーヤコーヤ星人しかり、『ブリキの迷宮』のチャモチャ星人しかり、『宇宙漂流記』のラグナ星人しかりです。『アニマル惑星』のニムゲは男性らしい数人しか素顔を見せませんが、アニマル惑星の文化はニムゲの科学者が教えたもののようなのでこれも間違いないでしょう。さらには『銀河超特急』の未来人たちが、のび太達が地球人だと言われるまで気付かなかった、と言ったら、いかに地球人と似た種族が多いか分かるでしょう。そりゃ、広い宇宙には色んな種族がいて当然ですから、ジェンダー(*1)が無い種族や、無性生殖の種族だっていて不思議ではありません。しかし、ピシアが壁紙秘密基地に忍び込んでしずかを捕えた時、兵士が「女の子ひとりしか見当たりません!」と言っています。また、ドラコルルが残した脅迫文には「人質の少女の命が……」とあります。性別の概念はあるのです。それでは、ピリカ星人に生物学的な性別はあっても、ファッションの上では性差はない、ということなのでしょうか。いや、それも無理があります。ピシアはしずかが女性だとどうやって知ったのでしょう? 彼らにしてみれば、たまたま基地にいたしずかを人質に取れれば良かったのであって、いちいち体を調べてまで性別を確認する必要はなかったはずです。第一、しずかはこの時ちゃんと服を着ています。調べた後でわざわざ着せるような気遣いをピシアがするでしょうか。 
  やはり「ピリカ星人はファッションに現れる上では地球と似たジェンダーを持っているが、劇中に女性は登場しなかった」と解釈すべきでしょう。なぜ登場しなかったのか。おそらく、ピリカ星には女性の行動を地球以上に拘束する性規範があるのではないでしょうか。そのためピリカの女性市民はレジスタンス行動に参加することができなかったのだと思います。「自由を我らに!」が合言葉のレジスタンス側までが女性を抑圧しているのは不自然な気もしますが、地球でも自由や権利の概念というのは一部の者の特権から始まり、被差別者たちの闘争を経て「全ての人にあるべきもの」へと広がっていったのです。 

(*1 生物学的な性別をセックスsex、文化的な性別をジェンダーgenderと呼ぶ。短編の『ドラえもん』でも、反地球(ただし逆転している)や、「行け!ノビタマン」の重力の小さな星など、多くの知的生命体が地球の西欧文化と似たジェンダーを持っている。知的生命体の発展過程で出現しやすい文化のパターンなのであろう。) 

 

 
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