あの世の案内役は、親切だが事務的な態度で彼に応対した。 彼はたまたまクリスチャンだった。彼の最初の質問は、自分は天国にいけるかどうかということだった。 「行けますよ。誰でも行けますから」というのが答えだった。 それは彼にとって一面では嬉しく、一面では納得のいかないことだった。地獄は存在しないのか。どんな悪人でも、社会のルールを守らない者でも天国へ行けるというのか。神はなぜ善人と悪人を平等に扱ったりなさるのだ。 「安心して下さい、ってのも変ですがね。生きている間にしたことの罰はあります。それが終われば、罪が清算されて誰でも天国へ行けるのです」 彼は喜んだ。悪人にきちんと罰が与えられるということが嬉しかった。彼は案内役に、どんな悪人にどんな罰が与えられるのかを聞いた。 「罰そのものは結構ハードですよ。伝統的な火あぶりとか、針山とか、極寒とか……。でも、何を罪とするかはその人自身が決めます。その人が持っている倫理にしたがって、自分で自分を裁くのです」 それはどういう意味ですか。それでは他人に何をしても悪いとも思わないような悪人は、どうなるのですか。 「大丈夫です。まず間違いなく、みんな罰を受けます。そういう人でも、実は倫理を持っているんです」 なるほど。悪人に見えても、心の奥底では自分のしていることが悪いと分かっているんですね。神様はやはり、ねっからの悪人をおつくりにはならなかったのですね、と彼は大いに感心した。 ところが、案内人はにやにやして首を振った。 「少し違いますね。ここでの罰は、死者が生前に受け容れた倫理に基づいて、その人自身を罰します。社会の常識から見れば倫理なんて頓着してないような悪人でも、こと他人のこととなると善人面してアイツはここが悪い、それが悪いと言い立てる。自分なりのルールってやつを都合よく作るんです。勝手な連中だと思いますが、神様はとても寛大なお方ですから、そこまでは許して下さる。ところがね、人間ってやつはどこまでも身勝手なもんです。自分がひっかからないような倫理をオーダーメイドするだけにしとけばいいものを、結局それにも反してる。自分が悪いと言ったまさにそのことをやっちゃうんです。ごく普通の知能の奴でも、自分が既にやっちゃっているのに、他人がしているのを見て初めて悪いと決めて、しかもそれに気付かないなんてしょっちゅうです。ここではそういう連中を裁くんですよ。もちろん、社会の常識から見て倫理的な人だって同じようなもんです。馬鹿は何億人集まっても自浄能力が無いらしいですね」 案内人はノートを取り出し、彼の名前が書いてあるページを楽しげに読み始めた。 「おや、そういう意味じゃ、あなたかなり罪が重いですよ。例えばあなたは昨日、同僚との雑談で、遺伝子の研究者は自分が神にでもなったつもりの狂人どもだと発言していますが、これは職業で人を差別してはいけないというあなた自身が支持した倫理第四千九十六条に違反しています。それから第三万二千七百六十八条の、当事者でもないのに人のことをとやかく言うべきではない、に反します。これは二四年前、あなたが子育てを奥さんにまかせすぎていると指摘された時に掲げた倫理です。それから……」 彼は真っ青になった。
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