アメリカンルーレット

 

  「これはアメリカの銃なんだ」その男は自分のリボルバーのことを、よくそう言っていた。 
  「民主主義の銃なんだ」彼は自分で言うには、軍に入隊した経験はない。誰にもその言葉の意味は分からなかった。だがいかにもインテリぶった、大統領のような口調が言葉に説得力を与えていた。 
  その男が他の五人の男と共に、酒場のテーブルを囲んでいる。五人の名前はサイラス、ウィルバー、トロフィム、ジェレミア、イグナシアスで、話題は三日後に実行する銀行襲撃計画のボスが誰かということだった。 
  「俺がボスだ」男の向かいに座っている者、サイラスが大声で宣言した。 
  その男は認めなかった。「いいや、俺さ」 
  計画の発案者はサイラスだった。その男を仲間に引き入れたのもサイラスだった。男は二年ほど前まで町にはいなかったが、いつの間にかこの酒場の常連客になっていた。町に知人がいるとも思われないのに、銀行の下調べを完璧にこなしてくる妙な男。しかも誰も彼が調査しているところを見なかったのだ。問いただしても堂々とした態度で、にやにや笑うだけだった。 
  ウィルバーは強盗が成功しそうなので喜んだだけだった。トロフィムは頭が切れるということを魔力のように見ていたから不思議がらなかった。ジェレミアは彼の態度に感動し、憧れた。イグナシアスは男が州警察の手先ではないかと疑ったが、汚職まみれの警察がそれほど職務熱心だとも考えられない。 
  その男は今、なぜか弱そうに見えた。 
  「いい気になるなよ」その男を睨みつけるサイラスの声には凄みがあった。 
  男は「脅すつもりか?無駄だ」と言ったが、普段より少し小さな声だった。 
  サイラスは立ち上がって銃を抜き、男に向けた。相手はぴくりとも動かなかった。 
  「抜け。ロシアン・ルーレットだ」 
  「ばかばかしい」小声の返事だった。 
  ロシアン・ルーレットを実際に見たことがあるのはサイラスとイグナシアスだけだった。 
  ウィルバーはどちらが運が良いか楽しみにしていた。トロフィムは頭の切れる奴とサイラスとの勝負に興味を持った。ジェレミアは尊敬した男に美学を求めた。イグナシアスはどちらが死んでも分け前が増えることを計算していた。 
  サイラスは銃を男の顔面に突き付けたまま、男の懐から〈民主主義の銃〉を取り上げた。器用に片手で弾を抜き、一発だけ込め直す。男は今は自分の銃を凝視していたが、無抵抗だった。サイラスはまず自分のこめかみに男の銃を向け、顔色ひとつ変えずに引き金を引いた。弾は出なかった。銃は座ったままの男の前に放り出された。 
  男は言い立てた。 
  「ばかばかしい。これに勝ったらどこが優れていることになるんだ?」 
  だが抗議は聞きいれられなかった。サイラスは笑って再び銃を取り上げ、男に向けて引き金を引いた。続いてまた自分のこめかみに銃を押し付けた。 
  「一回ぐらい自分で引き金を引けよ。それから文句垂れな」 
  ウィルバーは今やサイラスに自分を重ねて楽しんでいた。トロフィムは男の知力という魔力よりもサイラスの何かの魔力が上なのだと思い、その感覚に則ってサイラスの勝利を確信した。ジェレミアはその男に絶望し、何度も賞賛したことをひたすら恥じた。イグナシアスはもう一つの計算をすでに考えていた。サイラスが死ねばいい。そうなれば自分が男を射殺し、死者は二人になる。その逆はできないのだ。それは確実に起こることではなかったが、起こり得る楽しい想像だった。 
  サイラスは三度目の引き金を引いたが、死ななかった。もう男に銃を返そうとはしなかった。それを男のこめかみに突きつけたまま、サイラスは数秒間、にやにや笑っていた。数秒間、男は緊張した顔で銃から目をそらしていた。カチリという音がした。 
  「死を恐れない奴を甘く見るな」サイラスは男の顔を正面から見て、命令した。 
  ウィルバーは男の惨めな死を期待していた。トロフィムは同じことを自分の感覚から導出し、当然と受け入れた。ジェレミアは男が殺されるさまを繰り返し繰り返し、夢中で空想していた。そうしなければ自分の恥を思い出すのだ。イグナシアスだけは、サイラスにとってこれ以上続ける必要が無いことを知っていた。よほど馬鹿でなければ危険を冒して最後までやったりはしないだろう。残念だが死者は出なかった。 
  男は満面の笑みを浮かべた。そして絶叫した。 
  「民主主義に栄光あれ!」 
  声が止まった時、男の眉間に穴があいていた。 
  〈民主主義の銃〉から煙が立っていた。 
  サイラスが撃ったのではない。彼はイグナシアスの予想通りに行動しようとしていたのだ。ついでに男の顔面に銃を投げ付け、余裕でその場を去り、男に充分に屈辱を味わわせてやるつもりだった。銃が暴発した、とサイラスは思った。 
  男はゆっくりとテーブルの上に倒れた。 
  ウィルバーは誰かが死ねば分け前が増えることに、たったいま気がついて嬉しくなった。トロフィムは目の前の出来事をサイラスの勝利と受け取ったが、それがロシアン・ルーレット上の勝利でないことは理解しなかった。ジェレミアは自分を裏切った男の死をとりあえず喜んだ。イグナシアスはサイラスが故意に撃ったと判断したが、サイラスの表情を見て考えを変えた。銃が暴発したのだ。まあ、一人死んで良かったと思った。 
  男の死に顔はそれら全てを無視するように爽やかだった。 

  銀行襲撃は失敗した。 
  サイラスが警護の数が増えているのを無視して、強引に計画を実行したからだ。

 
 

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